謹賀新年〜〜ブログを再開しました

 

 

 

 

明けましておめでとうございます。

昨年は一年間ブログを中断していました。

その間に浮遊老人は満79歳になりました。

 

中断の理由は、緑の多い戸建て住宅から年寄りには生活至便なマンションに住み変えて、家財の整理に追われたことと、一寸した健康上の問題があったためです。

今は全て正常な状態に戻ったので、ブログを再開することにしました。

  

  

 

 

窓からは武蔵小杉のマンション群や渋谷・新宿の高層ビル群が望めます。

 

 

12時には子供・孫が集まり新年を祝う恒例行事が始まりました。

 

  

 

みんなが帰った後の夕景です。

(写真を回転し正立させたのですが、ブログに載せると横向きに戻ってしまいます。)

写真の下(ここでは右側)の黒色の夜景の中に点々と見えるのはマンションの非常階段の灯りです。

写真の右側(ここでは上)には夕映えに浮かび上がる富士山が見えます。

写真の上(ここでは左側)には濃紺の夜空に浮かぶ大きな三日月と宵の明星(金星)が見えます。

 

昨年はまともな旅行に行けなかったので、再開したブログに載せる旅行の記事や写真がありません。

暫くは身辺雑記しかアップ出来ませんが、従来通り皆様に「素天の浮遊日記」を訪れて頂けると幸いです。

 

 

 


赤色警報は北京市の反乱? 一党独裁の共産党では中国の将来は無い

大晦日の北京の空の色はどんなものでしょう?
東京は抜けるような青空です。

今年は北京市で度々「赤色警報」が発令されました。
あれは大気汚染についての警報と云われていますが、実はもっと深い意味があります。
それは中国の首都北京市が中国共産党の危険性に対し警報を発しているのです。

経済の停滞・民主化の要求から国民の目を逸らすために諸外国への進出を推し進めていることは、これまでに何度も書きました。
チベット・新疆ウイグル自治区への侵攻と漢人化は、かっての日本の朝鮮併合と満蒙開拓です。
一帯一路と称する西南アジア地域の囲い込みは、かっての日本の大東亜共栄圏です。


遥か遠いアフリカでインフラ整備を援助と称してやっていますが、実際の工事は中国人がやっています。
設備が完成した後で、現地の人が操業・管理が出来るような教育・訓練はやっていますか?
資金を出し、その資金で自国の資機材を買い、自国民を養うのを世間では「蛸足」と言います。

中国版世界銀行といえるAIIBもその流れと云えるでしょう。
中国の一時的な経済力の前に跪いている英・仏・独は紛争地域での岩礁埋め立てを看過しています。

新疆ウイグル自治区にはISの影ちらつき始めました。
拡張路線が道半ばの中国が生き残るには、真の意味の国力を付けることです。
国力の素は国民の力です。
国民が力を出すのに重要なのは自由・自治であり、一党独裁による圧政ではありません。


北京市は大気汚染にかこつけて赤色政党の一党独裁の危険性に警報を発したのです。
来るべき2017年には中国が国内政治・自然・外交など全ての面で青空に近づいて貰いたいものです。

ちなみに日本は1960年代に始まった公害問題を全て解決しました。
粉塵公害には集塵装置、排煙公害には排煙脱硫、重油〜ナフサ(粗製ガソリン)の脱硫など技術は確立しています。

中国が正当な対価を払い、特許・ノウハウの価値を認め・模倣をしないのなら技術協力を受けられると思います。
しかし、それには国民の健康を守ると云う政府の決断が先決です。

どうか中国の皆様良い新年をお迎え下さい。





 

あの手この手でマイナンバーを普及

政府は2016年からマイナンバーシステムを実用化しようとしていますが,
 セキュリティー上の不安や通知の配達ミスなどでスムーズなスタートは切れないでいます。
素天老人は6月6日に「マインンバーシステムは時期尚早」とブログに書きました。

話変わって、素天老人は39歳の時に二階建ての家を建てて39年間住み続け、
今年78歳になりました。
歳も取り足も弱って来たので、この家を手放し交通至便なマンションに移り住むことにしました。
そして、家の売却代金の一部を「教育資金贈与信託」制度を使って四人の孫に贈ることにしました。

手続きはいたって簡単ですが、贈与を受ける孫の方はマイナンバーの記載が必要です。
お金を貰う方ですから、文句も言えません。

マイナンバーシステムに異を唱えている素天老人の方にはマイナンバーの記載は必要ありません。
でもそのうちに年金受給や健康保険証の受領にはマイナンバーが必要ということになるでしょう。

政府はあの手この手を使ってマイナンバーシステムを実用に供しようとしています。
しかしマイナンバーを使う方法と、セキュリティーが万全になるまでは多少の不便はあってもマイナンバーを使わない方法の二通りがあっても良いと思います。

安倍総理 一人勝ちや一本道は危険ですよ。
将来に禍根を残さないように、諸事柔軟におやりになることをお薦めします。





 

日本異心の会誕生 リメイク版

 
2012年11月にアップしたもののリメイク版です。
結党からもうすぐ3年、この間にくっついたり離れたり
何をやったのかサッパリ判らず、政党助成金返せええ〜〜。

大阪市の住民投票に敗れ、シメシメと政界から逃げ出したと思ったら
マタゾロ新党結成とか
何を考えてるんですかねえ

カメラに向かって将来のことは判らん とか
自分の勝手だろ 見たいなことを言っていました
公人の能力・資格が皆無です。



    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「国民の生活が台無し」
という政党が誕生したと思ったら、今度は「日本異心の会」の誕生ですか。


11月14日の零時過ぎ「解散はお早めに」をアップしたら、野田総理はその日の午後の党首討論で16日解散を明言されました。

野田総理のこれまでの言動とその頃の総理の精神的・肉体的状況、加えて小沢・石原・橋下の動きから解散を表明するタイミングだと考えたのがピタリ的中しました。

その後の動きも概ね予想した通りです。
野田総理は民主党の解党的立て直しを企図しているはずですから、クズ共の離党は願ったり叶ったりでしょう。
離党で第一次仕分け、不公認で第二次仕分けと民主党の看板政策である仕分けの最終章です。


今読めないのは興石仙谷の動きです。
いずれは野田総理と袂をわかつのでしょうが、その先をどうするのでしょう。
小沢と組むのかな?
小沢には政党は交付金が無くとも隠し預金はありそうだし、後は
「数さえ有れば〜〜」だからな。

石原さんはもう少しマシかと思っていたら、老残ですね。
考えていることは理解出来ないことはありませんが、焦りまくっているみたいです。
息子を都知事か総理にしたがっているようですね。
自分は正しい・自分の思い通りになると考えるのは、過去の栄光の残影でしょうか。

橋下はポット出の三百代言ですから、足が地についていません。
地方行政をやるつもりだったのが、物のはずみで国政参加になったみたいです。

「日本異心の会」なんか作ってどうするのでしょう。
政権を取った頃の民主党では、少なくとも一心同体と思っていたようです。
それが実は皆の考えがバラバラだったことがすぐに露見し、今日の民主党解党につながりました。

それが異心の会になると「考えはバラバラでも良い・選挙で票の取り合いはしたくない・兎に角政権の座に着こう」では、直ぐに内部分裂するでしょう。

第一、数を取り・数で押し切ろうというのでは小沢と同じです。

12月4日の公示日迄にどのような離合集散が行われるのか、
民主党では公認が取れそうも無い鳩坊がどのようにウロチョロするのか、茶番劇の見所は沢山ありそうです。

 

銀座の復権は間もなくです


銀座に中国人が溢れかえり,爆買いをしている様子は
マスコミで報じられている通りです。
でも中国経済のバブルは間もなくはじけ,爆買いは無くなるでしょう。

一方、日本経済は着実な歩みを進め、それに呼応するように
銀座は復権すると思います。
今日のブログでは
「1.2014年大晦日の銀座夜景」
「2.銀座の大規模再開発」
「3.銀座に溢れる中国人(2015年7月13日)」
を書きます。

1. 2015年大晦日の銀座夜景
十年くらい前から始めた大晦日の街歩きは銀座の蕎麦屋
「よし田」で締めるのが恒例です。
  

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今年のテーマは「ヒカリミチ」です。
夜遊び好きなのは浮遊夫婦だけではありません。
アップルストアの前には人が集まり始めました。
 
 
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毎年お馴染みのブルガリの怪鳥です。
それがお向かいのシャネルの店に舞い降りていました。
今年の和光のディスプレイは「達磨さんが転んだ」でしたが
良く判りませんでした。
この後は「よし田」のお蕎麦で今年は終わりです。


2. 銀座の大規模再開発
現在銀座では二つの大型ビルの建替え工事が進行中です。

 
銀座「中央通り」から見た施設外観イメージ

   街路図(現在・開発後)

銀座松坂屋とその周囲のビルが建替え中で、道路(公共施設)
の付け替えも行われます。
完成すると銀座通りに観光バスが横付けされることもなくなります。
完成は2016年11月です。
詳しくはホームページ 
http://ginza6.tokyo/ をご覧下さい。
(ホームページを閉じる時にはページの左上のをクリックして下さい)

もう一つは数寄屋橋にあった東芝ビルの建替えです。
  
http://building-pc.cocolog-nifty.com/helicopter/2013/07/20137-4650.html
こちらは2016年1月完成予定だそうです。
この二つの工事が完成すると銀座エリアは様変わりすると思います。

3. 銀座に溢れる中国人(2015年7月13日)
銀座通りを歩く人の半数以上、あるいは7割が中国人でした。
この日は30度を超える猛暑日でした。
この暑さで日本人が外出を差し控えていたとしたら異常な光景です。
かって訪れた北京の盛り場「王府井」もかくやとばかりです。

でも、とやかく言うことは出来ません。
30年位前には日本人がパリで爆買いをしていました。
欧州帰りの航空機の中は農協ツアーで溢れていて
大声・酒盛りで盛り上がっており、ビジネスマンの私は
怒鳴りたいのを我慢していました。

このような異常事態が長続きするはずはありません。
中国の不動産バブルは破裂寸前、株価暴落
人権派弁護士の拘束
国家(共産党・習近平の)機密保護法の緊急発布

国家の根幹が間もなく崩れるのでは??

そのような中で銀座で爆買いをする人びとの画像をご覧に入れます。
撮影日は2015年7月13日(月)の午後です。
  
 
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まずは、買ったものを入れるスーツケースを買います。
押すな押すなの大盛況
さあ、ロックナンバーも設定して準備完了


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 まずユニクロに行こうよ
買ったわねえ、次はどこに行く?
 

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銀座三越、化粧品のファンケル、スペインのZARAなどを回って
松坂屋の工事現場を見ながら観光バスが次々に到着する
家電製品店のラオックスに向かいます。
ラオックスはもともと秋葉原にありましたが、経営危機で
中国企業が買収し、今では中国企業が中国人相手に商売しています。
日本人はこの店では買いません。

  

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            松坂屋ビルの完成が待たれます。
  


    

  




 

浮遊老人の遠吠え(2)〜〜マイナンバーシステムは厚労省だけのものではない

  日本年金機構からの情報漏れについて連日国会で質疑が行われています。
  だけど変ですね。
  現場から厚労大臣への報告が遅れたことを問題にしています。
  ハッキングされたのが問題なのです。
  厚労大臣に即刻報告されたとして、どう対応するのでしょう。

  甘利大臣は年金機構の情報管理とは別にして、マイナンバーシステムは来年導入すると云っていました。
  国民のすべての情報を扱うマイナンバーシステムのハッキング対策を完成させることが先決なことは
  ご存知のはずです。
  承知で恍けるのはワル、承知でなければアホです。

浮遊老人の遠吠え(1)〜〜マイナンバーシステムは時期尚早

日本年金機構から利用者情報が125万件流出したとテレビで報じられています。
ベネッセコーポレーションから2,070万件もの顧客情報が流出したのは2014年7月のことです。
マイナンバーシステムで保存するのは全国民の全情報です。

コンピューターに入っている情報は担当者のコッソリ見から他国の機関でのはハッキングまで、情報はジャジャ漏れです。
そんな中で来年から安倍政権は「マイナンバーシステム」をスタートさせるそうです。
以下の文章は昨5月31日に高校生仲間のメーリングリストに投稿したものです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今朝(5月31日)のサンデーモーニングで安保法制のことを取り上げていました。
この前の自衛隊イラク派遣で帰国後54人の自衛隊員が自殺したことを取り上げていました。
国会で共産党の志位委員長も取り上げていました。
 
このことは以前から知っていましたが、「さもありなん」です。
銃撃戦をやったことがない自衛隊員、撃たれる前には発砲出来ない恐怖、死体を見たこと・触ったことがない兵隊さん
安倍さんはなんだかんだ言い繕っていますが、どのような法制が出来ようと、生かすも・殺すもその時の決定権者の資質です。
 
安保法制はなるようになると思っていますが、私の遠吠えは「マイナンバーカード」です。
何年か前に国民総背番号制が潰えたと思っていたら、今回は既成事実みたいに来年から(?)導入だそうです。
 
安保法制の論議の陰に隠れてサラリと酷いことをやるものです。
健康情報と組み合わせれば、徴兵も出来ます。
 
良いシステムが出来れば大きな効用がありますが、セキュリティー対策がなっていないのが私の遠吠えのポイントです。
現在はコンピューターに入れた情報はジャジャ漏れです。
 
導入するのなら、次のテストを終えてからにして下さい。
〜輙大臣・総務大臣(?)以下担当官庁の幹部職・システム開発企業の社長と担当役員の、本人と家族全員の  
 全裸の写真をマイナンバーカードシステムのコンピューターに保管する。

∪こγ罎離魯奪ーに対して「出来るものならハッキングしてみろ」と挑戦状を叩き付ける。
F麈間ハッキングされなかったら、実用に供する。
 
浮遊老人は閑居して馬鹿なことを考えています。
 
 

伊万里牛は最高

昨年11月のブログが最後でした。
104歳で天寿を全うした母の四十九日の法要・納骨を12月に行いました。
永年使い続けたステロイドの副作用で筋肉が線維化して二階建ての自宅に住み続け
られなくなり、急遽バリアーフリーのマンションを手配し、家の売却を決めました。
新しいマンションの完成は来年(2016年)2月ですから、それまでの間はバリアーフリー
なホテル住まいを去る3月中旬に始めました。
ホテル住まいも慣れましたので、ブログを再開することにしました。
11平米のツインルームでの生活はそのうちにブログでご紹介します。

ブログ再開の第一号は母の納骨に行った郷里佐賀県伊万里市の
「ステーキハウス つじ川」です。
            
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日本中に銘柄牛は沢山ありますが、伊万里牛は味と値段のバランスが最高だと
思います。
「つじ川」は伊万里駅から徒歩10分以内にあり、家族連れや若い人が気楽に
訪れています。

  
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伊万里牛のスープも地元野菜のサラダも結構でした。
ご主人の手さばきも見事で、海老の背割りの技には見とれてしまいました。
お肉は数種類のシーズニングで頂きます。
 
    
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  選んだワインはブルゴーニュの白
  伊万里牛の脂はしつこくありませんが、最近はまっているブルゴーニュの
  白はなお一層口の中をさっぱり洗ってくれます。
  今日は台湾の花蓮市でレストラン・民宿をヒットさせ、台東市でホテルを
  建設中の弟のゴチです。



 

  
 

長崎サンセットロードのドライブ


2014年10月28日(火)に高校同期生の喜寿を祝う会で長崎に行きました。
翌29日(水)には雲仙でのゴルフや観光が企画されていましたが、素天夫婦はお得意の「勝手にまち歩き」をやりました。
行き先は西彼杵半島のサンセットロードで、女神大橋⇒式見⇒西海橋⇒大村空港のドライブでした。

そしたら帰宅翌日の「NHKあさイチ」でサンセットロードを紹介していました。
素天夫婦に「一日の長あり」です。

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スタート地点の女神大橋は私のブログ「2013・06・14 No.113  巨大客船ボイジャーオブザシーのクルーズに行って来ました」で紹介済で、「ぶっつかる ぶっつかる」と大騒ぎしながら潜り抜けた長崎湾口に掛かる橋です。

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今回は橋の上から長崎港内をカメラに収めました。
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サンセットロードには夕日の絶景ポイントが沢山あります。
その他にも真っ白な砂浜・奇岩・巨岩・美しい島々など素晴らしい風景が楽しめます。
遠くに見える岬の突端には巨岩群が見えています。

  
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昼食は前々日の夜・前日の夜に引き続いて長崎の美味しい魚です。
イサキと伊勢海老は目の前の式見の海で獲れ、鯖などは長崎から来たそうです。
この活造りを動画で撮りましたが抱腹絶倒ものです。
パタパタ動く尻尾を見たマダム素天は「ゴメンネ ゴメンネ」と拝んだり、頭を下げていました。
でも撮影が終わるとパクパク頬ばって、お店のご主人に向かって「バンザア〜〜イ」


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             使用前・使用後です。

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お店の名前は「川むら」です。
お昼前に「式見」と云う漁港の町に差し掛かりました。
この日は「式見くんち」をやっていました。
この町では美味しい魚が食べられると直感した素天老人がガソリンスタンドに
立ち寄って聞いたら、即座に「川むらです」と教えて呉れました。

丁度ランチタイムだったので、本来は手間の掛かるものはやらないようでしたが、ご主人が老い先短い(?)素天夫婦を見て心良く応対して下さいました。
本当は内緒にしておきたいところは、私のブログ「2014.03.12 No.96 大変だあ〜〜 鰻の穴場 青木が3月末で店仕舞い」で紹介した「青木」と同じです。
 

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食事を終えてドライブを再開すると車窓には美しい島々が続きます。
まだ日が高いので夕日を眺めるベストポイント「夕陽が丘外海(そとめ〜〜地区の名前)」では止まらず走り続けると
右側にも島影が見えて来ました。
大村湾です。西海橋はもうすぐです。



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西海橋は二本架っています。
左側・大村湾側のが旧西海橋で、右側・佐世保湾側のが2006年3月に開通した新西海橋(パールライン)です。
新西海橋には遊歩道があるので行ってみました。


 
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大村湾側から航行して来たプレジャーボートが橋の下を過ぎて行きました。
右手奥に見える三本のコンクリート製の搭は針尾島の無線塔です。
太平洋戦争の開戦暗号「ニイタカヤマノボレ 一二○八」を送信した無線塔と云われていますが、本当に送信したのは千葉県船橋市にある船橋送信所です。


高さ135〜137メートルの正三角形に配置されたコンクリート造りの搭は「旧佐世保無線送信所」として国の重要文化財に指定されています。

余談ですが、この暗号の送信命令を出した旧帝国海軍連合艦隊司令部は私が大学時代に入寮していた寄宿舎の敷地の地下にあり、現在も時折公開されています。
在寮時には地下壕の入り口のトーチカみたいなところを風呂場として使っていました。

この後はハウステンボスの入り口を右手に見ながら、大村空港までひと走りです。 
西彼杵半島はリタイアしてから移住する人が多いそうですが、素天夫婦は刺激がある都会に住んで、時々開放感を求めて旅をするのが好きです。

皆様楽しんで頂けましたか?   



 

 
 

三陸鉄道など被災地見聞録/2012年と2014年

 
                                      
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先月(2014年4月)初めに東日本大震災で大きな被害を受けた三陸鉄道の北リアス線
南リアス線とも全線復旧・開通しました。

素天夫婦は震災発生一年後の2012年4月24日〜26日にクラブツーリズムが催行した
「絆でつなぐ三陸路3日間」に参加しました。
旅の見聞録は安全安心に係わる某学会の場でパワーポイントを使って発表しましたが
このブログには載せないでいました。

三陸鉄道には当時運行していた区間に乗車しましたが、全面復旧を機に全く同じルート
をたどる旅が催行されることが判りました。
早速素天夫婦は6月18日〜20日の旅を申込み、これを機会に二度の旅をブログに
載せることにしました。


左側に2012年の旅を、右側に6月の旅を載せこの2年間にどのくらい復旧・復興が
進んだかを見較べようと目論んでいます。

                    お待たせしました。
                    2014年6月の旅をアップします。
                    お待たせして申し訳けございません。
2012年の旅    2014年の旅 
 
★キーワード;業は人を呼び、人は業を呼ぶ
      (お店が開けば人が来る
       人が来ればお店が開く)

★被災地の印象;片付けはほぼ完了
        復旧はボチボチ
        復興はまだまだ
復興は着々と進んでいます。
だけど大がかりな土地の嵩上げが
必要な場所もあるので、復興が
遅いと感じる向きもあるようです。



 
 
第一日目(4月24日) 第一日目(6月18日)
                                                                                                                
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朝8時半に横浜駅前を出発したバスは東北道をひた走ります。
栃木県に入ると道路脇の崖の崩落や道路の補修工事が目につくようになりました。



 
 昨年と同じ場所から出発しました。
 荒川の岸辺は良く整備されていて、
 緑が一杯です。


 

                          

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仙台市で東北道を下り、多賀城市経由で塩釜港に着きました。
この状態で松島遊覧船は営業を始めていました。

 
 今回の旅では塩釜から遊覧船で
 松島に行くのではなく、バスで
 松島に直行しました


 

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マリンポートの店内は閑散
遊覧船も貸し切り状態
それでも業は動き始めました。

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少しでもお金を使おうと二階の特等席に移りましたが、室内には我が夫婦だけ。
でも松島は健在です。





 
 松島には大型・小型の遊覧船が沢山運行
 していました。
 一般の観光客の他に、修学旅行生が沢山
 来ていました。
 二年前とは様変わりです。



 
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案の定観光客はまばらです。
盛大に牡蠣を焼いているかと思ったら、お客が 
少ないので、一個から注文を受けて焼き始めます。
それでもこの素敵な笑顔です。
また来ますよ。


 
 焼き牡蠣のスタンドもやっていました。
 だけど、シーズン外れのせいか蒸し牡蠣??




 

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バスは今夜の宿泊地気仙沼目指して走り始めました。
次第に津波の爪痕が目に入るようになりました。




 
 気仙沼の港近くではまだ手つかず
 の建物がかなりありました。
 その原因の一つに土地の嵩上げが
 済んでいないところがあるから
 でしょう。



 
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バスは気仙沼港に着きました。
魚市場の建物には大きな傷がありました。
津波で漁船がぶっつかった跡でしょうか。


 
 魚市場はどうなっただろうと思って
 いたら、取り壊されて更地になって
 いました。


 
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岸壁は70センチも沈下したとか。
桟橋も海中に落ちたままです。
今夜の宿がある気仙沼大島との間を結ぶフェリーは舳から岸壁に着きます。
 


 
 岸壁は嵩上げされていました。
 二年前に来たからこそ、被災後の
 様子と復興の足跡が判ります。
 今夜の宿がある気仙沼大島に
 向かうフェリーは津波で陸上に打ち
 上げられたそうですが、修理されて
 私たちを運んでくれました。

 
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フェリーで気仙沼大島に渡り、「休暇村気仙沼大島」に泊まりました。
食材などが不自由な中での献立は調理長さんの腕が光っていました。
「ごちそうさん。!!」


 
 宿は前回と同じ休暇村です。
 外観は同じに見えますが、内部は
 大幅に リニューアルされていました。
今夜のメニューには地元の珍しいものが
食べ切れないほど。
またまた「ごちそうさん!!」

 
第二日目(4月25日) 第二日目(6月19日)
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朝食の前に高台に建つ宿の崖下の現状を見に行きました。
集会場や脱衣場などは大破していました。
 前回の左端の建物は撤去されていました。
 休憩室は綺麗に修復されていました。
 遊歩道も整備されていました。

 
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ボロボロになった自動車の山があちこち
にありました。



 
 浜辺に漁船の姿が有りました。
 近寄ってみたら渡り蟹の漁から帰った
 ところでした。
 シマッタ!分けてもらえば帰ってから
 酒盛りが出来たのに。
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浜辺に建つ「脇の韮家」には日本昔話に
出て来る「みちびき地蔵」が祀られて
いました。
跡形もなく流されてしまったので、復興
運動が始まっていました。



 
 「みちびき地蔵」は立派に
 修復が済んでいました。
 田んぼにでは田植えが
 終わっていました。
 海水をかぶった田んぼが生き
 返ったのです。


 
 IMG_6098.jpg IMG_6101.jpg    IMG_0186.jpg IMG_0189.jpg
 
朝食後気仙沼港に戻りました。
高台にある「ホテル瑞光」は震災直後から活動拠点になりました。






 
 左の写真は気仙沼大島の港から内陸部に
 向かう道路で1メートル位嵩上げされて
 いました。
 このような基盤整備が優先されて
 いるので気仙沼大島では仮設住宅から
 自宅に戻れないでいるそうです。
 帰りに乗ったフェリーは震災後に
 新造されたものだそうです。

 
     IMG_6102.jpg
 
バスが陸前高田に向けて走り出して間もなく
陸上に打ち上げられた大きな船が目に入り
ました。


 
 保存の声もありましたが持主の
 意向で 解体撤去されました。



 

 IMG_6103.jpg IMG_6104.jpg   IMG_0205.jpg IMG_0201.jpg
 IMG_6110.jpg IMG_6115.jpg    IMG_0202.jpg IMG_0207.jpg
 
9時半ごろ陸前高田に着きました。
津波はこの高さまで到達したのです。
奇跡の一本松は近接禁止だったので
遠くからその姿を見るだけで別れを
告げました。







 
 陸前高田に着きましたが、
 奇跡の一本松のことは話題に
 なりませんでした。
 やはり模造品・人工物は
 迫力がありませんね。
 ある建物の壁を突き破って侵入した
 松の木が残されていました。
 ここで嫌でも目に入るのが完成したばかりの
 土砂運搬用のコンベアです。
 町全体を最大11メートル嵩上げする
 3〜5年がかりの大工事が始まります。

 

   IMG_6137.jpg IMG_6138.jpg      IMG_0215.jpg IMG_0217.jpg
 
海鵜の生息地碁石海岸にちょっと立寄った後
バスは悲劇のまち大槌町に向かいました。




 
 今回も碁石海岸に立ち寄理ました。
 バスは大槌町の山側の道路を進み。釜石市に向かい
 ました。
 大槌町は区画整理が進行中なのと、綺麗な道路を
 通れたからです。
 仮設住宅が沢山並んでいます。
IMG_6140.jpg IMG_6141.jpg       IMG_0222.jpg IMG_0221.jpg
バスが大槌町に近付くと一人の男性が乗り込ん
で来ました。
そしてバスは大槌町役場の跡に到着しました。
大槌町の死者は803人、行方不明者は475人(当時)とのことでした。
 釜石市に着きました。
 今回説明をして下さったのは女性ボランティアの方です。



 
  
IMG_6142.jpg IMG_6146.jpg      
IMG_0226.jpg IMG_0236.jpg
 
説明して下さった方の許嫁は京都でバスガイドをしておられましたが、大槌の美しさに魅了され大槌町に移住して町役場に勤務中に津波でお亡くなりになりました。
彼は釜石市にお住まいで、建設会社に勤務しておられましたが、そこを退職し大槌町に移住してまちの復興に取り組んでおられます。
 街の中には被災した建物が残っていました。





 

IMG_6149.jpg IMG_6151.jpg      IMG_0227.jpg IMG_0234.jpg                                     IMG_0230.jpg
遠くに見える山が城山。
ここまで逃げ延びた人は助かりましたが、
町の中で発生した火事は三日間燃え続け、煙に包まれた山頂は地獄の様相を呈したそうです。


 
 街の中に予め決めてあった避難路を上って安全な場所に
 着きました。
 安全な場所とは右の写真で碁盤目の石垣があるところです。
 5分位あればだれでも登れます。
 眼下に釜石港が見えます。
「津波てんでんこ」の教えが行き届いていたので物的損害の割には人的被害が少なくて済んだそうです。


 
 IMG_6164.jpg IMG_6168.jpg 

IMG_6166.jpg IMG_6152-1大槌町津波発生時刻.jpg
 
町役場の向かいに建つ「ふれあいセンター」でも多くの犠牲者が出ました。
「ふれあいセンター」の時計は地震発生の14時
46分過ぎに止まっています。
町役場の時計は津波が襲った15時25分頃を指しています。
この30分間に逃げられなかったのは住民が津波に慣れてしまっていたのも一因だそうです。





 
IMG_6184.jpg IMG_6186.jpg
 
建物の基礎には家族を案じる言葉が記されていました。
IMG_6187.jpg IMG_6191.jpg     IMG_0239.jpg IMG_0240.jpg
昼食は復興市場の「おらが丼」で、他でも食べた海鮮丼の中で抜群の内容でした。
復興食堂は被害状況を説明して下さった臼沢和行さんが所属する「おらが大槌夢広場」の事業の一つです。
食堂にしっかりした基礎が作れないのは、復興計画が定まっていないからだとか〜〜???






 
 雲丹とアワビの缶詰「海女の磯汁」を沢山買いました。
 二合のお米に一缶入れて炊くと美味しい炊き込みご飯が
 出来ます。


  ここからの写真で横向きに」なっているのが
  あります。
  カメラが電池切れを起こしたので携帯電話で
  撮影し、PCに移しました。
  横向きのを正立させましたが、ブログに入れると
  また横向きになります。


 
 IMG_6192.jpg IMG_6196.jpg   DSC_0050.jpg DSC_0057.jpg
 IMG_6198.jpg              DSC_0056.jpg
 
大槌町に別れを告げたバスは間もなく田老町に差し掛かりました。
田老町のことはテレビなどで繰り返し報じられていますから説明は割愛します。
 普通は田老町の大防潮堤を遠くに見て通り過ぎます。
 今回はバスが近くまで連れて行ってくれたので、防潮堤
 の上まで上ることが出来ました。
 珍しい写真だと思います。

 
IMG_6203.jpg  IMG_6482-1.jpg
IMG_6204.jpg  IMG_6205.jpg
 
次に着いたのが旅の最北端「北山崎」、ここは断崖絶壁が続くのが有名ですが、生憎の霧で何も見えませんので、町長さんからの贈り物で想像して下さい。
そこで五里夢中の展望台ではなく、お土産屋さんへ直行しました。
ホテルや道の駅に着くごとにダンボール一箱ずつのお買い物で復興資金を拠出しました。


 
 今回は北山崎にはいきませんでした。
 前回ここで買った「ぶすのこぶ」と云う
 変な名前のお菓子が美味しかったので、
 八戸駅の売店で沢山買いました。






 
IMG_6209.jpg IMG_6212.jpg  IMG_0253.jpg IMG_0246.jpg
 
さあ、旅の大きな目的の一つ、三陸鉄道の現状視察と部分乗車です。
まずは「カルボナード島越駅」の廃墟に到着。
高架の上に見える車両はモニュメントとして罹災後に乗せたものです。
 復旧なった島越駅に着きました。
 黄色い幟の向こうに新しい駅舎が見えます。




 

IMG_6218.jpg IMG_6220.jpg   IMG_0252.jpg  

IMG_6216.jpg IMG_6219.jpg   IMG_0248.jpg
駅舎は跡形もなく、トンネルがぽっかりと口を開けているだけです。
新しい駅は旧駅舎の山寄りに防潮堤を兼ねた土盛りをして新築する予定だそうです。
駅名の由来(愛称)になったのは岩手県が生んだ詩人宮沢賢治の詩で、銘板が数個ありました。
 古い階段は記念に残されます。
 宮沢賢治の詩を刻んだ碑は一か所に纏められて
 残ります。



 







IMG_6226.jpg IMG_6231.jpg   DSC_0029.jpg  DSC_0028.jpg
IMG_6227.jpg IMG_6241.jpg  DSC_0033.jpg DSC_0034.jpg
                 DSC_0035.jpg DSC_0037.jpg

                    
DSC_0039.jpg
島越駅の隣の小本駅から宮古駅までの6駅を二両連結のうちの一両を借り切って乗車しました。
宮古観光協会の三人の方が同乗して下さり、被害の状況と復興への熱い思いを語って下さいました。
 トンネルを抜けて列車が近づいて来ました。
 今回は海女ちゃんが説明してくれました。
 上京する海女ちゃんをばっぱが大漁旗を
 振って見送ったのはこのあたりでしょうか。
IMG_6256.jpg IMG_6259.jpg   DSC_0049.jpg
宮古駅で「三鉄赤字線(煎)餅を大量に買い込み
三人に見送られて、今夜の宿「休暇村三陸宮古」に向かいました。



 
 列車は八戸駅に着きました。
 ここで三鉄赤字煎餅とぶすのこぶを大量に
 買い込み、休暇村三陸宮古に向かいました。
 途中で先ほど横倒しの写真をご覧に入れた田老
 町の大防潮堤に立寄りました
IMG_6267.jpg  IMG_6262.jpg   IMG_0260.jpg IMG_0257.jpg

    
 
ここの夕食も中々のものでした。
強行軍で疲れた体を復興させるにはビールが
一番です。
    元気!東北   元気!私たち
  宿のお客さんも増えていました。
  何となく食欲と元気が出てきました。


 
第三日目(4月26日)

IMG_6270.jpg IMG_6271.jpg IMG_6273.jpg
 
朝食後に近所の展望台から宮古湾の全貌を眺めた後で浄土ヶ浜に向かいました。   今回は浄土ヶ浜に直行しました。
 
IMG_6349.jpg IMG_6300.jpg      IMG_0264.jpg IMG_0274.jpg
 IMG_6348.jpg
浄土ヶ浜の駐車場も私たちの一台だけ。
乗船場に向かう道も津波の被害を受けています。
遊覧船はほぼ貸し切り状態です。
 バスも沢山来ていました。
 道路も補修されていました。
 だけど雨のために観光船は欠航なので、
 歩いて浄土ヶ浜に向かいました。
 IMG_6327.jpg IMG_6334.jpg  IMG_0286.jpg IMG_0288.jpg
 
防波堤は随所で破壊され、津波が内陸深く侵入した様子が見て取れます。   前回船で行ったところの裏側で、
  本物の浄土が浜です。
IMG_6322.jpg IMG_6346.jpg
 
以前は汚れで見えなかった地層が津波に洗われてハッキリ見えるようになりました。
指さしている先、一番太い松の木に括り付けてある浮き球のところまで津波が上がりました。
IMG_6354.jpg IMG_6357.jpg IMG_6355.jpg 
 
宮古漁港の一部です。
後片付けの最中で、復旧を急いでいますが、復興はまだまだ先のことです。
  漁港やまちはスルーして魚菜市場へ行きました。
IMG_6363.jpg IMG_6364.jpg  IMG_0296.jpg IMG_0304.jpg
 
旅のお目当ての一つ、宮古魚菜市場でのお買物。
 さあ 買うぞ〜〜!!
          さあ 買ったぞう〜〜!!
宅急便で送れないものだけぶら下げて来ました。
これで宿・市場・道の駅での買いまくりの旅は終わりました。

 
  今回はスーツケースは宅急便で送り返し
   生ものを買うためにアイスボックス持参。

  さあ 買うぞ〜〜!!
       さあ 買ったぞう〜〜!!
  今回は買い物に立ち寄る回数が少ない旅でした。

 
この後は三度目の海鮮丼の昼食
盛岡から東北道に乗り、一路南下
途中でまたまた海鮮丼の夕食を取り、22時ごろ帰宅しました。
  ここは前回と同じ。


 
IMG_6456.jpg IMG_6394.jpg  IMG_0315.jpg
 
左は宅急便で送ったものの一部です。
右は気仙沼大島の「脇の韮家のみちびき地蔵」
復興運動のために発刊された絵本です。



 
 今回のお買物は品数を減らし、量を多めに。
 気仙沼大島で椿油と若布
 釜石で海女の磯汁
 八戸駅でお菓子
 魚菜市場で生ウニ・まぐろ・マンボウ等々

 
IMG_6483-1.jpg  IMG_6488-1.jpg 
地元の方から小石に書いた手作りの記念品や絵葉書等を頂きました。
今回は鮮魚類を買わなかったので、次回は〜〜〜
 
最後に
各地で説明をして下さった地元の方々の言葉が
強く心に残っています。
「被災直後は現地に来て写真を撮る観光客まがいの人に反発を覚えた。
でも、今は現地を訪れ現状を知り、人に伝え、宿泊・飲食・お土産等でお金を使って頂くのが復興支援の一つだと考えるようになった。」

最初に書いたキーワード
業は人を呼び、業は人を呼
をご理解下さい。

2014年6月の旅が楽しみです。
















 
 最後に
 復興は着実に進んでいます。
 特に岩手県での道路整備には驚きました。
 大規模災害の復旧には、盛土や道路などのインフラ
 整備を先行させる必要があります。
 そのために住宅建設に着工出来ないで住民の不満が
 出ているのかもしれません。

 遠慮なく言わせてもらえば被災地の方に援護慣れ、
 お見舞い慣れが感じられて、客あしらいに「アレッ」
 と思うことがありました。

 また、前回の旅の記録をパワーポイントで沢山の写真
 を使い、ある学会で報告しました。
 それをCDに書き込んだものを10枚ほど持参し、
 宿・三鉄・説明者の方々に名刺を添えて差し上げ
 ました。
 「有難うございました」は不要ですが、「受け取りました」
 の一言の連絡が無いのはお見舞い慣れか、内容がお粗末だった
 のか〜〜〜。










 
 


 

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